シツケ

こどもの躾についてSoul的には?とご質問があったので、Soulに聞いてきました。

『みな可能性に満ちている。
もちろん、大人と区分される人々にも』

『躾は必要かどうかと尋ねられたら、必要とも言えるし不必要とも言える

と、言いますと?

『何を美しいとするかだ。

布と布を縫う時、シツケをする。
それはよれることなく、曲がることなく、美しく仕上げるためだ。
どこをどうシツケするかで、仕上がりが変化する。
その美的な部分は作り手に委ねられる。

同じように、子を育てる人もそれを担っている。

価値観
道徳
社会的規範

いろいろなものがあるだろう。
その中でもなにが必要で、不必要か、美しさはどこなのか、意識する必要がある』

具体的には?

『本来親は道標
道を歩むのは子ども自身だ。

だからこそ、躾は歩み手である子どものためにある。

何をどう美しいと感じるか、シツケることによって変化することを、子ども側も理解しておく必要がある』

相互理解が必要だと?

『そう、一方的な躾では、支配が生まれる(相手の人生の選択権を奪う行為になる)』

どこまでが躾で、どこから支配なのか、アドバイスを

『美しさは、他人の目からではなく、本人自身の目で、美しいものであって欲しい』

相変わらずSoulの言葉は難しいですが、答えになったでしょうか?

私自身も子を持つ親として、気をつけねばと思います。

One drop of truth

見えない世界で見聞きしたこと

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